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福岡地方裁判所 昭和43年(行ウ)78号 判決

原告 藤戸シガ

被告 小倉税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告、「被告が原告に対し昭和四一年六月一五日付でした昭和四〇年度分所得税および無申告加算税賦課決定のうち福岡国税局長が昭和四三年一月一三日付審査裁決で取消した部分を除きこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

二、被告、「主文同旨。」の判決を求める。

第二、原告の請求原因および被告の主張に対する原告の反論

一、本件処分の経過

1  被告は原告に対し、昭和四一年六月一五日、昭和四〇年度分の所得税に関し、所得税額金七〇六、九二〇円、無申告加算税額金七〇、六〇〇円とする旨の決定をし、同日その決定通知書が原告に送達された。

2  これに対し、原告は被告に異議申立をしたところ、昭和四一年一〇月二四日棄却された。

3  そこで原告は同年一一月九日福岡国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和四三年一月一三日、右所得税額を金五〇四、一〇〇円、無申告加算税額を金五〇、四〇〇円と判定し原処分のうち右税額を超える部分を取消す旨の裁決をし、同裁決書謄本は同年二月七日原告に送達された。

二、本件処分の違法

(一)  本件決定通知書の処分の理由には、「譲渡五、五九二、〇〇〇」と記載されているだけで、何の譲渡があつたものか、まつたく意味不明であつて、処分の理由を理解することができない。

右決定通知書には理由不備の違法がある。

(二)  また被告は昭和四〇年度において原告には金二、六九四、四八〇円の譲渡所得があつたというが、かかる事実はないから、被告の本件処分は所得の認定を誤つた違法がある。ただ、原告所有の別紙目録記載の土地につき被告主張のとおりの自作農創設特別措置法による買収および売渡の各処分ならびに登記がなされた経過およびこれに関して原告の提起した行政訴訟の経過ならびに原告と訴外前田龍助との間における被告主張の事件について、被告主張の日被告主張のとおりの条項で和解が成立し、原告が被告主張の日までに前田龍助から右和解による金員全額の支払いを受けたことは認めるが右金員は和解条項にあるとおり右前田龍助が原告所有の別紙目録記載の土地を昭和二五年以降十数年にわたつて不法に占有、耕作した行為により原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料として原告に支払われた損害賠償金であつてそれがたまたま前田龍助が日本住宅公団から受取る買収代金と同額であつたからといつて、その性質を変ずるものではなくその当時の旧所得税法第六条一三号にいう「損害賠償であつて心身に加えられた損害」に該り非課税所得というべきである。もとより原告は右前田龍助に前記土地を譲渡したことはないからそれが譲渡代金ということはありえない。それにもかかわらずこれを強いて前記土地の譲渡による収益と曲解した被告の認定は誤つておりこれに基づいてした被告の本件処分は違法たるを免れない。

なお、被告は右和解金に実質課税の原則を適用して、原告に譲渡所得ありと主張するものであるが、そもそも実質課税の原則とは旧所得税法第三条の二(現行所得税法第一二条)に規定されているとおり、所得の帰属に関する原則であつて本件の如くその土地の売買契約は前田龍助と日本住宅公団との間で締結され、その代金も右前田龍助に支払われ、原告はこれとは別に右前田龍助との間の和解によつて、本件土地に対する不法占有耕作に対する慰藉料として和解金五、五九二、〇〇〇円を受取つている場合はその所得の帰属等についてなんらのそごがあるものではないからこれに右実質課税の原則を適用するのは全くの筋違いというべきである。

(三)  かりに、原告に被告主張の収益があつたとしても、税法上課税対象とすべき収入金額をいずれの年度分とするかについてはいわゆる権利確定主義がとられているところ、右和解金は昭和三九年九月九日に成立した和解に基づき支払わるべきものであるから、原告が現実に右金員全額を受け取つたのが昭和四〇年の三月頃であつたとしても、収入すべき金額が確定したのは右和解の成立した昭和三九年九月九日というべきである。よつてこれを昭和四〇年度分の収入とした被告の認定は課税年度を誤つた違法がある。

(四)  以上のとおり本件処分には形式上、実質上の違法があるのでこれが取消しを求める。

第三、被告の答弁および主張

一、原告の請求原因事実第一項(本件処分の経過)ならびに本件所得税決定通知書の処分の理由に原告主張のとおりの記載があることは認める。

二、被告が本件処分をした理由はつぎのとおりである。

1  別紙目録記載の土地はもと原告の所有であつたが昭和二四年一二月二日自作農創設特別措置法により政府に買収され、同日訴外前田龍助に売渡されその旨の所有権取得登記がなされた。

2  ところが原告は昭和三九月七月三〇日に至り右買収および売渡の各処分が無効であつて右土地の所有権がなお原告にある旨主張して福岡県知事および右前田龍助の両名を被告として、福岡地方裁判所に右買収処分並びに売渡処分の無効確認等の訴え(同裁判所昭和三九年(行ウ)第一一号)を提起したが、この訴訟その他において不法占有耕作による損害賠償を請求したことはなかつた。

3  昭和三九年九月一〇日、原告と右前田との間に小倉簡易裁判所において左のとおりの即決和解(昭和三九年(イ)第一七五号)が成立した。

(1) 右前田龍助は原告に対し右土地につき耕作占有をした不法行為の損害賠償として金五、五九二、〇〇〇円の支払義務あることを認める。

(2) 同人は原告に対し、右金員を分割して昭和三九年一〇月末日および昭和四〇年一月末日に各金二、七九六、〇〇〇円宛北九州市小倉区九州相互銀行小倉支店において支払う。

(3) 同人において右金員の完済を怠つたときは原告に対し右土地につき所有権移転登記手続をする。

4  原告は右和解締結当時すでに訴外日本住宅公団が右土地を買収する計画を立てこれを遂行中で、その買入価額が坪あたり金六、〇〇〇円で総額金五、五九二、〇〇〇円であることを知り右前田龍助が右公団から受取るべき代金相当額を原告が受領することを条件として前記土地についての争いに終止符をうち、以後原告は前田龍助に対し土地所有者たることを主張しないこととして和解し同月一四日前記2に記載の訴を取下げた。

5  かくて、右土地については和解成立の後である昭和三九年一一月二五日、前記日本住宅公団と前田龍助との間に代金を坪あたり金六、〇〇〇円合計金五、五九二、〇〇〇円と定めて売買契約が締結され、同公団より昭和四〇年三月末までに前記九州相互銀行小倉支店長を受領代理人として右前田龍助に対し支払われた右代金全額を原告が受領した。

6  以上の和解に至る経過、和解の内容その後の状況等によつてみると、右和解条項上被告から原告に支払わるべき金五、五九二、〇〇〇円の性格が損害賠償とされていたにしても、税法上実質課税の原則によつてみるときは、原告と右前田龍助との間で右土地の所有権が真実は原告にあることを前提としたうえ、右公団が右前田龍助に支払うべき土地代金相当額を原告が受取ることを条件として以後その所有権が右前田に確定的に帰属し前記金員はその対価として前田龍助から原告に支払われたものと解することができる。そこで、被告は右金員を原告の資産の譲渡による収益と認め、これから所要の控除をして前記のとおり所得税の決定および加算税の賦課決定をしたものであつて、右各税額は福岡国税局長の審査裁決により一部取消されたとはいえ、その余の部分はもとより正当であつて維持さるべきである。

三、国税通則法によれば決定通知書に記載の要求されている事項は課税標準および納付すべき税額のみである(同法第二八条第一項第三項)。そして本件処分の通知書の記載にはなんら右要件に欠けるところがないから理由不備の違法はない。

四、課税年度を誤つた違法はない。

本件和解によれば本件土地の所有権は原告が右和解金を受領することを条件として確定的に訴外前田龍助に帰属するものとされていたから権利確定は右和解金を全額受領した時とすべきところ、原告が右金員を受領したのは昭和四〇年三月末頃であるからこの時をもつて収入すべき金額が確定したものである。よつて被告は本件土地の譲渡による収入を昭和四〇年度における収益と認めたものであつて、かく認定したことに何ら違法のかどはない。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、本件処分の経過

被告が原告に対し昭和四一年六月一五日昭和四〇年度分の所得税に関し、所得税額金七〇六、九二〇円無申告加算税額金七〇、六〇〇円とする旨の決定をし、同日その決定書が原告に送達されたこと、これに対し原告は被告に異議申立をしたが昭和四一年一〇月二四日棄却されたこと、そこで原告は同年一一月九日福岡国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和四三年一月一三日、所得税額金五〇四、一〇〇円無申告加算税額金五〇、四〇〇円と判定し、原処分のうち右税額を超える部分を取消す旨の裁決をし、同裁決書謄本は同年二月七日原告に送達されたことは当事者間に争いがない。

二、決定通知書の理由不備の有無。

本件決定通知書の処分の理由に譲渡五、五九二、〇〇〇と記載があることは当事者間に争いがない。しかし各種行政処分に理由の記載が要求されるのはその処分の内容を被処分者に理解させるためであるが、その処分の種類、性質によつてその理由記載の程度にも差異があつて然るべきものであることはいうまでもない。ところで国税通則法第二八条第三項によれば、決定通知書に記載すべき事項としては課税標準等と税額のみでそれ以上に譲渡所得認定の根拠などの記載までも要求されてはいない。そこでこれを本件についてみると成立に争いのない甲第五号証(本件決定通知書)に明らかなとおり本件決定通知書には本件譲渡所得の課税標準ならびに税額が明確に記載されているので右認定通知書に瑕疵はなく、処分の理由として記載してあるのが前記の程度であるからといつて、処分が違法となるものではない。特に右記載は原告に資産譲渡による所得金五、五九二、〇〇〇円の収益があつたことを理解するに足るものである。その他理由の記載に不備はない。よつて本件処分に理由記載不備の違法もない。

三、本件譲渡所得の有無

(一)  その当時原告の所有であつた別紙目録記載の土地が昭和二四年一二月二日自作農創設特別措置法により政府に買収され同日訴外前田龍助に売渡されその旨の所有権取得登記がなされたこと、原告が昭和三九年七月三〇日右買収および売渡の各処分が無効であつて、右土地の所有権がなお原告にある旨主張して福岡県知事および前田龍助を被告として福岡地方裁判所に右買収および売渡の各処分の無効確認等の訴え(同裁判所昭和三九年(行ウ)第一一号)を提起したこと、昭和三九年九月一〇日原告と訴外前田龍助との間に小倉簡易裁判所において左のとおりの即決和解(昭和三九年(イ)第一七五号)が成立したことは当事者間に争いがない。

(1)  前田龍助は原告に対し本件土地につき耕作占有をした不法行為の損害賠償として金五、五九二、〇〇〇円の支払義務あることを認める。

(2)  同人は原告に対し昭和三九年一〇月末日および同四〇年一月末日に各金二、七九六、〇〇〇円宛、北九州市小倉区九州相互銀行小倉支店において支払う。

(3)  同人において右金員の完済を怠つたときは原告に対し本件土地につき所有権移転登記手続をする。

(二)  そこで右和解金をもつて本件土地の譲渡による収益と認められるか否かについて検討する。

1、成立に争いのない甲第三号証の一ないし八、同乙第一号証ないし第三号証、証人前田龍助の証言ならびに原告本人尋問の結果(第一回、但し後記措信しない部分を除く)によればつぎの事実が認められる。

前記のとおり本件土地について原告から福岡県知事および前田龍助に対し行政訴訟が提起されたのであるが、その当時訴外日本住宅公団は本件土地附近一帯の土地を買収する計画を進めており、本件土地についても右前田龍助との間に、坪あたり金六、〇〇〇円、総額金五、五九二、〇〇〇円で買収する交渉が進められていたところ、右訴の提起によつて右買収の計画に支障をきたすことになつた。ところで右前田龍助は本件土地のほかにも右公団による買収の対象となる土地を所有していたことや、右買収の関係者一同からの強い要請もあり、仲裁する人もあつて原告との右土地に関する争いを早急に解決したいものと考え、原告も右買収の計画のことを知つていたので、ここに両者の間に右前田龍助が原告に対し日本住宅公団による本件土地の買入価額相当の金員を支払うこと、右金員が完済されたときは原告は右土地所有権が自己にあるとの主張をしないということで前述の内容の和解が成立するに至つた。

こうして和解が成立すると、原告は和解成立の四日後である昭和三九年九月一四日予ての話し合いの趣旨に従つて右訴を取下げた。こうして原告と右前田龍助との間の本件土地についての争いが解決されると右土地は前田龍助から同年一一月二五日日本住宅公団へ売却されその代金は昭和四〇年三月末日までに原告に対する和解金の支払場所である九州相互銀行小倉支店の支店長を受領代理人として右前田龍助宛に支払われこれを原告が直接受領し、同時に上記和解金もまた支払われたこととなつた。(上記年月日原告が前記訴を取下げたことおよび原告が前田龍助から右和解金を受領したことは当事者間に争いがない)

2、ところで原告は、あくまで右金員が和解条項のとおり本件土地に対する前田龍助の不法占有耕作による損害賠償特に原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料であると主張し原告本人尋問の結果(第一回)もまたこれに副うものであるが右和解の時までに原告が右土地に対する不法占有耕作による損害賠償ということを直接問題としたことはないのに和解の時に至つて突然そのような主張をもち出したこと、右不法占有耕作による損害賠償としては特別の事情でもなければ賃料もしくは小作料相当額の損害金以外には考えられないし、占有期間がたとえ原告主張のように十数年にわたるとしても昭和二四年当時の本件土地の小作料が年額わずか金二一〇円であつたこと(小作料年間金二一〇円の点は成立に争いのない甲第三号証の三により認める)などから推してもその損害金総額が金五、五九二、〇〇〇円などといつた高額になることは到底考えられないこと、また証人前田龍助の証拠により認められるように前田龍助は右和解をするについて実際の交渉は第三者にまかせて、ともかく原告に交付することになる日本住宅公団からの支払金の半額を関係者から補償をうけることで満足しその和解金の性質や支払の理由などについてまでも明確な理解関心を持たずに右和解に応じたもので、和解条項に右金員の性質が損害賠償金とあつても、特にその趣旨で右金員を原告に支払う意思はなかつたことなどの事実に照らすと右原告主張にそう原告本人尋問の結果(第一回)はにわかに措信しがたく、成立に争いのない甲第三号証の九によつてもなお原告の主張事実を認めるには足らずほかにこれを認めるに足る証拠はない。それ故右和解条項中に本件土地につき不法に占有耕作をした不法行為による損害賠償として金五、五九二、〇〇〇円を支払う旨の記載があるからといつて実際上もこのような不法行為があつてこれに対して損害賠償金が支払われたものとは到底認められない。

3、前記(一)および(二)1において認定の諸事実によれば原告と前田龍助との間においては、本件土地の所有権が実質上は原告にあることを前提としたうえ、前田龍助は日本住宅公団から受取るその土地代金を原告に交付し、原告はこれを受取ると所有権が右前田龍助に確定的に帰属することを認め以後これを争わないこととし、そうした消極的行為によつて原告と前田龍助との間においてはあたかも右土地の所有権を原告から右前田龍助に移転したと同様の経済的効果をあげその対価として金五、五九二、〇〇〇円を受領したものと認めるのが相当であり、右金員の性質は、形式上は損害賠償金とされているけれども実質的には本件土地所有権の譲渡の対価と評価することができる。特に課税技術の点からすれば極めて多様性に富む個々の経済活動についていちいち具体的に事実関係を明らかにすることは困難であるから、形式的外観的に所得を把握することが多くの場合租税負担の公平にもかなうものではあるにしても、このように表見的に把握することが社会通念上明らかに不合理と認められる場合はその法律形式等の外観にとらわれずすすんで経済的利益の有無等をも具体的、実質的に判断してその所得の有無を決するのを相当としこのようないわゆる実質課税の原則はわが国の税法上早くから内在する条理として是認されて来た基本的指導理念であつて、本件はまさにこの指導理念の適用さるべき事例であるといわねばならない。

4、すると右原告の領収した和解金をもつて税法上本件土地の譲渡による収入と認めた被告の判断は正当である。

四、課税年度の適否

当時の旧所得税法第一〇条一項(現行所得税法第三六条一項)は各種所得の計算はその年の「収入すべき金額」によるものとし、「収入すべき金額」とは「収入する権利の確定した金額」をいうものとされ、「収入する権利が確定する」とは課税の公平性、画一性の見地から決せられるべき法的概念としての「権利の確定した時」の意味であると解すべきである。これを本件についてみると、右和解金は実質上本件土地の譲渡の対価として授受されたもので、原告がその全額を受領したのは昭和四〇年三月末頃であり、その時に右土地の所有権が確定的に訴外前田龍助に帰属するとされていたものであることは前認定のとおりであるから、右所得税法の趣旨によつてみれば、右和解金が収入すべき金額として確定したのは昭和四〇年度であつたとみて妨げない。よつて本件処分に課税年度を誤つた違法はない。

五、結語

以上のとおり被告のした本件所得税決定および無申告加算税賦課決定は形式的違法は存在せず、また実質的にも原告の資産譲渡による収入金額の認定は相当であり、福岡国税局長の審査決定によつて取消された部分(右取消部分が収益そのものに関してではなく、取得価額経費等控除額の認定の相違からであつたことは成立に争いのない甲第一号証(裁決書謄本)によつて明らかである)を除きその所得税額および無申告加算税額の算定に誤はなく、いずれも正当であるから、原告の本訴請求は理由がない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 生田謙二 早船嘉一 福田皓一)

(別紙目録省略)

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